今回は、先ずES細胞およびiPS細胞を膵臓の元となる膵芽細胞へと高効率に作製する培養条件を確立し、さらに作製した細胞が移植後に血糖値に応じたインスリン分泌をする細胞へと成熟可能であることを明らかにした研究をご紹介します。次に、ラットを用いた動物実験により、成体神経幹細胞を膵臓に移植する糖尿病の再生医療に有効な方法を開発し、その治療効果を確認した取組ついて取上げます。続いて、膵島を鼠蹊部の皮下脂肪組織に移植することで、従来の移植法の課題を克服する膵島移植に関する研究に触れます。最後に、膵前駆細胞や腺房細胞からインスリン産生細胞であるβ細胞へのリプログラミングを制御する研究について述べます。
1)糖尿病:ES細胞/iPS細胞 膵芽細胞 マウス 基礎研究
◎京都大学iPS細胞研究所
長船教授らの研究グループは、ヒト多能性幹細胞(ES細胞およびiPS細胞)を膵臓の元となる膵芽細胞へと高効率に作製する培養条件を確立し、さらに作製した細胞が移植後に血糖値に応じたインスリン分泌をする細胞へと成熟可能であることを明らかにされました1)(2015/1/28)。
膵臓は、膵前駆細胞注1)と呼ばれる一層の細胞シートから膵芽と呼ばれる細胞の塊をつくることで初めて形として認識できます。膵芽は膵臓の最初の組織であると考えられます。膵芽細胞は糖尿病に対する細胞移植療法をはじめとした膵臓再生医療の基盤となる細胞源として期待が高いです。これまでにヒト多能性幹細胞から膵芽細胞を作製する方法はいくつか報告されていますが、分化のメカニズムが完全には分かっておらず、安定性、効率などの点について改良の余地がありました。
当該研究では、ヒトの膵発生過程において膵芽細胞が出現する際に細胞の塊をつくることに着目し、それを培養皿上で再現されました。それにより、細胞密度と相関して膵芽細胞(PDX1+ NKX6.1+ cell)への分化が促され、細胞塊を作製して培養することでさらに効率よく分化することを発見されました。さらに、細胞塊の形成で分化誘導に効果が見られた点などから、細胞間相互作用を介した新たな分化の仕組みが存在することを明らかにされました。加えて、作製した膵芽細胞をマウスに移植すると、生着して胎児の膵臓に似た組織構造を形成し、最終的には血糖値に応じてインスリンを分泌する成熟した膵β細胞へと分化したとのことです。
同研究グループは、ES細胞およびiPS細胞から膵臓細胞への分化過程を解析し、膵臓の元となる胎生期の膵芽細胞への分化を制御するメカニズムに、細胞骨格に関連する分子が関与することを明らかにされました2),3)。細胞骨格を調節する薬剤を用いることで、iPS細胞から再生医療に使用する膵臓細胞を効率よく作製することができるということです。
2)糖尿病:成体神経幹細胞(自家) 移植 ラット 基礎研究
◎独立行政法人産業技術総合研究所 幹細胞工学研究センター
2011年に、産業技術総合研究所の浅島フェローと幹細胞工学研究センターの桑原らのグループは、米国ソーク研究所Fred H. Gage教授らと共同で、ラットを用いた動物実験により、成体神経幹細胞を膵臓に移植する糖尿病の再生医療に有効な方法を開発し、その治療効果を確認しました4)。具体的には、まず、神経細胞の元となる成体神経幹細胞を、比較的採取が簡単な鼻嗅球から樹立・培養し、インスリンを産生しやすい状態に導いた上で、糖尿病ラットの膵臓に移植することで、継続的な血糖値低下をもたらすことを確認しました。
今回開発された技術は自家細胞(鼻嗅球からの成体幹細胞)の移植であり、ドナー問題はなく、免疫抑制剤による副作用の恐れもなく、より自然な再生医療につながると考えられます。また、インスリンを産生する細胞が継続的に成体神経幹細胞から補充されることで、治療効果が長く持続するとのことです。加えて、遺伝子導入過程を一切含まないのでがん化などのリスクが低く、安全性が高いという利点もあります。
3)糖尿病:膵島細胞移植法 マウス 基礎研究
◎福岡大学基盤研究機関膵島研究所 理化学研究所統合生命医科学研究センター
同大学安波教授らの研究グループは、画期的な膵島細胞移植の方法を開発したと発表しました5),6)(2108年3月13日)。膵島を「鼠蹊部注2)」の皮下脂肪組織に移植するというもので、従来の移植法の課題をすべて克服する画期的な方法だということです。従来、肝臓内に代わる膵島移植部位として皮下が注目され、研究されてきました。しかし、通常の皮下は血管に乏しく血流が少なく、移植後に膵島は酸素不足、栄養不足により大半が死滅し、機能不全に陥ります。移植膵島の生着率が極めて低いことが課題でした。マウスの実験で通常の皮下に膵島を移植した場合、1匹の糖尿病を治すには5-6匹分の膵島が必要とそうです。
同研究グループは皮下で血流が豊富な部位を探し、その結果、「鼠蹊部」の皮下脂肪組織に着目すると成功しやすいことを見出しました。鼠蹊部皮下脂肪組織は下肢の大腿動脈から分かれる下腹壁動脈という血管によって栄養が送られ、血流が豊富だということです。糖尿病マウスの皮下脂肪組織内に膵島を移植すると、下脂肪組織内移植膵島は塊(平均径1-2mm)を形成し、下腹壁動脈と交通する新生血管により栄養され生着し、塊となった移植膵島はCTで造影され、容易に摘出もできることを明らかにしました。
また、拒絶反応を抑えるために現在使用されている免疫抑制剤の移植後の短期間の使用で容易に制御することができたとのことです。肝臓内膵島移植では2匹分の膵島が必要となりますが、鼠蹊部皮下脂肪組織への移植では1匹分の膵島移植で糖尿病が治癒したそうです。さらに、この方法で免疫不全マウスに移植したヒト膵島がマウスの糖尿病を直すことも判明したそうです。
4)糖尿病:膵β細胞 リプログラミング 基礎研究
◎順天堂大学大学院医学研究科
同大学の綿田教授らの研究グループは、転写因子STAT3注3シグナルが、膵前駆細胞や腺房細胞注4)からインスリン産生細胞であるβ細胞(*4)へのリプログラミング注5)を制御することを見出したことが、英国科学雑誌「EbioMedicine」オンライン版で公開されました7)、8)(2018年9月25日)。さらに、STAT3阻害薬を用いて糖尿病モデルマウスの血糖値を改善することに成功されました。当該研究はSTAT3を標的とした新たなβ細胞作製法の開発につながり、糖尿病再生医療への応用が期待されます。
膵前駆細胞や腺房細胞は膵β細胞と同じ発生学的起源を持ち、膵β細胞へと分化転換する可塑性のある細胞です。かつて、同研究グループはヒトやマウスの腺房細胞から膵管様細胞への分化転換において転写因子STAT3の活性化が不可欠であることを発見しました。そこで、膵前駆細胞や腺房細胞からβ細胞へのリプログラミング過程においてSTAT3の活性化が何らかの役割を担っているのではないかと考え、マウス膵前駆細胞株および遺伝子改変マウスを用いて検証が行われました。
図1 糖尿病に対する再生医療等取組(取組紹介(1)~(4))
(用語解説)
(参考資料)
(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)
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