NPO法人再生医療推進センター

No.76 再生医療トッピクス

iPS細胞由来の免疫細胞でがん治療

年内にも治験へ 理化学研究所、千葉大学

1.治験の申請

iPS細胞から作製した免疫細胞を用いて「がん」を攻撃する新しい治療法の開発を進めている理化学研究所と千葉大学の研究グループは、国の承認を目指し、同免疫細胞を移植する臨床試験(治験)の計画を同大学内の審査委員会に提出しました(2020年1月29日)1)-3)


同研究所生命医科学研究センターの古関センター長と同大学岡本教授らのグループは、iPS細胞からナチュラルキラーT細胞(NKT細胞注1))を作製し、患者さんに投与して「がん」を攻撃する新しい治療法の開発を進めています。同グループでは動物実験などで一定の効果を確認したことで、国の承認を目指した治験の計画をまとめ、千葉大学の審査委員会に提出しました。免疫を活性化させることで「がん」の縮小を図り、公的保険の適用を見据えています。同大学の審査委員会は2月中にも審査を実施し、了承後、当該研究グループは国内の治験計画を審査する医薬品医療機器総合機構(PMDA)に治験届を提出し、了承されれば、2020年夏ごろには患者さんへの移植を開始する計画です。


当該治験の対象は、舌やのどなどにがんができる「頭頸部(とうけいぶ)がん注2)」の患者さんで、症状が重い9~18人です。手術後、2年間にわたり治療の安全性や有効性、保健医療として適切かどうかなどを確認するとされています。「頭頸部がん」は鼻や口、舌、顎、のど、耳などにできるがんの総称ですが、国内では、がん患者全体の約5%を占めるそうです。


治験は医師主導で進められます。同大学はNKT細胞を使った「頭頸部がん」の治療をしており、これまでのデータの蓄積がある頭頸部がんをまず対象としました。移植されたNKT細胞や、活発になった他の免疫細胞が、がんを攻撃することを見込んでいます。マウスによる実験では、がんの増殖が抑えらたことを確認しています。


具体的に治験では、頭頸部がんで、手術など他の治療が難しくなった患者さん、3人に対し、他人のiPS細胞からNKT細胞を大量に作り、患部付近に注入します。NKT細胞はがん細胞を攻撃するだけでなく、他の免疫細胞を活性化させて攻撃力を高める働きがあります。iPS細胞から作ったNKT細胞を3,000万個注入し、副作用などを観察しながら合計3回投与する計画です。NKT細胞は血液1~10mLの中に1個ほどしかなく、理化学研究所の古関チームリーダーらは、iPS細胞からNKT細胞を大量に作る手法を開発しています。NTK細胞は、元来ヒトの体内にある免疫細胞の一種です。数が少なく、培養にも時間がかかるということで、同グループでは、あらかじめiPS細胞から大量にNTK細胞を作製しておくことで、がんの治療への応用が期待できるとしています。


2.頭頸部がんの治療における問題点4),5)

頭頸部扁平上皮がんは通常、手術や放射線治療、抗がん剤を組み合わせて治療が行われます。しかし進行例では治療による患者さんの体への負担が大きく、これらの治療を全て施しても根治が難しい場合があります。また、唾液腺がんや悪性黒色腫では抗がん剤や通常の放射線治療の効果が十分ではないことがあります。頭頸部がんでは、特に治療終了後の再発や転移がしばしば問題となります。これまで再発や転移を防ぐための抗がん剤について様々な検討が行われてきました。しかし、現在のところ、有効性が十分に確認された治療法はありません。このような背景のもと、同研究グループでは患者さんの体に負担の少ない治療として細胞免疫療法の開発に取り組まれてきました。


3.臨床試験までの研究ステップ4),5)

第一段階

NKT細胞由来iPS細胞の作製:ヒトNKT細胞にOct3/4,Sox2,c-Myc,klf4を送り込むことでNKT細胞由来のiPS細胞を作製

第二段階

iPS細胞由来NKT細胞:生物由来原料基準を満たした条件での分化誘導・機能成熟からを作製

第三段階

機能・安全性検定技術の確立:免疫系ヒト人マウスなどを用いたiPS細胞由来NKT細胞の機能・安全性検定技術の確立

第四段階

前臨床試験:PS細胞由来NKT細胞ストック製造、モデル動物による前臨床試験

第五段階

臨床試験:頭頚部腫瘍などを対象とした臨床試験


4.治験までの経緯4),5)

千葉大学ではこれまでに頭頸部がんに対する細胞免疫療法の開発に取り組んでおらす。強力な抗がん作用をもつNKT細胞を用いた新規治療に関しては、2005年より臨床試験を重ね、頭頸部扁平上皮がんについては、2013年から先進医療として認可されています。その他、唾液腺がんや粘膜悪性黒色腫についても臨床試験を行なわれています。


NKT細胞を活性化・増殖させる薬剤をつけた樹状細胞注3)の治療は、先進医療として認められました。進行した頭頸部がんに罹患され、従来の手術や放射線療法により腫瘍が消失したと判断される患者さんを対象に、同細胞(0.2ml)を鼻の粘膜に投与することで再発リスクを減少させる取組を進めておられます。また、頭頸部がんに栄養を送る動脈血管に、活性化したNKT細胞を集中的に投与する動脈注入投与は、1人の頭頸部がん患者さんに1回のみの投与でしたが、腫瘍に一定の縮小効果をもたらしました。しかし、元来血液中には少ししかいないNKT細胞を十分な数に増やすのは容易ではなく、増殖させることが困難な患者さんもおらました。


一方、理化学研究所で作製に成功したNKT細胞由来のiPS細胞は、十分な数のiPS由来NKT細胞を準備することが可能となりました。そこで、従来の治療で再発を起こし、有効な治療がない頭頸部がん患者さんに、このiPS由来NKT細胞を繰り返し動脈投与することで大きな治療効果がみられることを期待され、共同開発が始められました。


頭頸部がんの治療には手術、放射線、抗がん剤が用いられます。実際にはこれらの治療を組み合わせて行われますが、手術による食事や発声への障害、変形、抗がん剤や放射線による副作用などから治療による患者さんへの負担は大きなものがあります。一方で進行したがんの治療成績は依然として不良です。治療にNKT細胞免疫治療を応用することで患者さんに負担が少なく、かつ治療成績を向上させることが目的です。


5.リンパ球からiPS細胞を作り出す6),7)

理化学研究所生命医科学研究センターでは、癌などを治すためのリンパ球を、iPS細胞を使って作り出すことに成功しています。リンパ球をiPS細胞からつくるときは、もととなるiPS細胞を、リンパ球から作り出します。従来のやり方では、皮膚などからつくったiPS細胞を使っていました。このiPS細胞からリンパ球を作ると、色々な抗原に反応するリンパ球が多数できてしまいます。それは、リンパ球は分化の途中で遺伝子を組み換えてしまうからです。そのため、役に立つリンパ球だけを大量に つくりだすことは難しかったのです。


この問題を解決するために、同センターでは、成熟したリンパ球からiPS細胞を作り出しました。作製されたiPS細胞は、リンパ球から受け継いだ、すでに組み換わった遺伝子を持っています。そういうiPS細胞からリンパ球をつくると、すべてに組み換わった遺伝子が伝わるので、できてくるリンパ球全部が役に立ちます。同センターは、マウスを用いて、リンパ球の一種であるNKT細胞からiPS細胞をつくることに成功しました。


このiPS細胞を分化させると、全てがNKT細胞になりました。ヒトのNKT細胞を用いた研究も進行しています。また、他のタイプのリンパ球、例えばB細胞やキラーT細胞からiPS細胞をつくる研究も行なっています。こうしてリンパ球をつくることで、がんの治療や免疫力を高める治療に活かしていくことに注力されています。


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図1 iPS細胞由来の再生医療の臨床研究等一覧


(用語解説)


(参考資料)

  1. 日本経済新聞:iPSでがん治療 理研・千葉大、年内にも治験へ、2019年1月10日
  2. .NHK NEWS BEB:iPS細胞から作った免疫細胞でがん攻撃 治験計画を提出、2020年1月30日
  3. 産経新聞:iPS免疫細胞でがん治療 理研などが治験計画を千葉大に申請、2020年1月30日
  4. 千葉大学ウエブサイト:がん治療におけるNKT細胞を用いた免疫細胞治療
  5. 千葉大学ウエブサイト:頭頸部がんに対する免疫細胞療法
  6. 理化学研究所 生命医科学研究センターウエブサイト:iPS細胞から免疫細胞をつくる!
  7. 古関明彦:NKT細胞再生によるがん免疫治療技術開発拠点、再生医療研究開発2020(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)、p15、2019年

(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)