遺伝性疾患の網膜色素変性注1)に対して、神戸市立神戸アイセンター病院が申請したヒトiPS細胞由来網膜シートを移植する臨床研究計画は、厚生労働省の厚生科学審議会再生医療等評価部会で了承されました(2020年6月11日)1)。国の指定難病である網膜色素変性は有効な治療法がない遺伝性疾患で、我が国の失明原因の第2位の疾患です。
目に関するiPS細胞を使った臨床研究・治験は、これまで2014年に「網膜色素上皮シート」、2017年に「網膜色素上皮細胞」、2019年には「角膜上皮細胞」などの移植例があります。いずれの疾患も、他に治療法があります。しかし、網膜内の細胞減少によって徐々に視力低下などが進む網膜色素変性に対しては根本治療法がなく、iPS細胞による再生治療に期待がかかります。
移植の対象は、2人の網膜色素変性の患者さんです。網膜色素変性は、光を感じる網膜の視細胞注2)が正常に機能しない、あるいは失われることで、失明するおそれもあるとされています。当該臨床研究ではiPS細胞から作製された視細胞を、失明の恐れがある網膜の病気の患者さんに移植する計画です。
今回の臨床計画では、iPS細胞を視細胞の元になる網膜の組織に変化させ、シート状にした後に、患者さんに移植し、再び正常に光を受けとめられるようにすることがねらいです。移植には京都大学iPS細胞研究所が、健常者から作製して備蓄しているiPS細胞が使用されます。神戸市立神戸アイセンター病院で移植手術が行なわれ、腫瘍や拒絶反応の有無など、安全性を1年かけて評価すると計画です。
iPS細胞による再生医療等における移植手術は、表1に示す通りです。いずれも、主に安全性を確認する段階です。iPS細胞を用いる再生医療が国民に受けられるようになるためには、治療の安全性と有効性、使用する細胞等が医薬品として承認されこと、そして治療費用の納得性といった課題があります。
対象疾患 | 医療機関 | 作成細胞 | 移植時期 | No.※1 |
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滲出型加齢黄斑変性 | 先端医療センター病院、理化学研究所等 | 網膜色素上皮シート(自家) | 2014年09月 | |
滲出型加齢黄斑変性 | 神戸市立医療センター中央市民病院、京都大学、大阪大学、理化学研究所 | 網膜色素上皮細胞(他家) | 2017年03月 | No.16 |
パーキンソン病 | 京都大学附属病院、同大学iPS細胞研究所 | ドパミン神経前駆細胞 | 2018年10月 | No.17 |
角膜上皮幹細胞疲弊症 | 大阪大学附属病院 | 角膜細胞シート | 2019年08月 | No.47 |
虚血性心筋症 | 大阪大学付属病院 | 心筋細胞シート | 2020年01月 | No.73 |
再生不良性貧血 | 京都大学附属病院、同iPS細胞研究所 | PS細胞由来血小板 | 2020年03月 | No.81 |
東北大学大学院医学系研究科の西口准教授と中澤教授らの研究グループは、従来複数のアデノ随伴ウイルス(AAV)注3)で行われていたゲノム編集を、一つのAAVで行うことができる革新的な遺伝子治療技術を確立したと発表しました2)。重症の網膜色素変性の治療として、AAVを使って正常な遺伝子全体を病気の細胞に補充する遺伝子治療が有効とされていますが、一度に導入できる遺伝子の大きさには制約があるため、一部の網膜色素変性患者さんに対してのみ効果がある治療法でした。
一方、ゲノム編集を用いた遺伝子治療では、病気の原因となる変異部分だけを正常化することができため、多くの網膜色素変性患者さんを治療できる可能性があります。しかし、従来のゲノム編集遺伝子治療は、病気の細胞に対して、複数のウイルスを用いて異なる遺伝子を同時に導入する必要があるため、遺伝子改変の効率が悪く、実用化に至っていません。当該遺伝子治療技術をゲノム編集が難しいとされる神経疾患のモデルマウスに適用した結果、ゲノム編集効率の大幅な改善と、高い治療効果を実現したそうです。この新規の遺伝子治療技術では、ゲノム編集に必要な構成要素の小型化を行うことで、これまでの2つのAAVに分けていたゲノム編集に必要な構成要素を一つのAAVにまとめることが可能となりました。当該AAVを成体の全盲網膜変性のマウスに投与したところ、病因変異の約10%が正常化され、光感度が10,000倍改善し、視力が正常の約6割にまで回復したそうです。更に、従来の遺伝子補充療法と同等の治療効果を示したことから、新規治療法の実用性が実証できたとしています。
図1 目の疾患に関する再生医療等取組一覧
(y. moriya)
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