NPO法人再生医療推進センター

No.104 再生医療トピックス

統合失調症などセロトニン関連遺伝子のDNAメチル化状態が変化

熊本大学・東京大学

1.はじめに

幻覚などの症状が起こる統合失調症は、若い世代に多くみられるまれではない病気です。治療法の進歩によって、通常の社会生活を送られている患者さんが増えているそうです。ここでは統合失調症・双極性障害の患者さんにおいて、神経伝達物質の伝達量を調節するセロトニントランスポーター遺伝子にDNAメチル化変化が起きていることを明らかにした研究を中心にご紹介致します。加えて、神経幹細胞移植の研究、iPS細胞を用いた神経細胞の形態に関する研究、iPS細胞由来脳オルガノイドを用いた精神疾患の発症の研究、脳画像データの機械学習による統合失調症、発達障害の判別手法の開発について概要を記しました。


2.統合失調症・双極性障害

2.1 統合失調症1)

統合失調症は、およそ100人に1人の割合で発症するとされています。まれな病気ではありません。しかし、発症すると治療が難しく、長期間の治療が必要とされる精神疾患です。病気を正しく理解して、早期発見・早期治療につなげていくことが重要とされています。統合失調症の主な症状は、幻覚・妄想などの陽性症状、感情の平板化、意欲の低下などの陰性症状、記憶をうまく保持できないなどの認知機能障害などです。

統合失調症の原因については、まだ明確なメカニズムは解明されていません。これまでの疫学研究から、発症には遺伝要因と環境要因の複雑な相互作用が関係していると考えられています。確実な遺伝要因は特定されていません。エピジェネティクス注1)という現象を通して、環境要因により遺伝子の働きが変化することが注目されています。一人ひとりのもつ病気のなりやすさに、様々なストレスが重なり合って発症すると考えられています。

2.2双極性障害2)

双極性障害は、躁状態とうつ状態を繰り返す病気です。躁状態とうつ状態は両極端な状態です。その極端な状態をいったりきたりするのが双極性障害です。日本における双極性障害の患者さんの頻度は、重症・軽症の双極性障害をあわせても1000人に4人~7人といわれています。

双極性障害の原因は、まだ解明されていません。しかし、この病気は精神疾患の中でも脳やゲノムなどの身体的な側面が強い病気だと考えられています。ストレスが誘因や悪化要因になりますが、単なる「こころの悩み」ではありません。従い、精神療法やカウンセリングだけで根本的な治療をすることはできません。また双極性障害は、どんな性格の人でもなりうる病気とされています。


3.セロトニン関連遺伝子にDNAメチル化注2)状態の変化を確認

3.1研究の概要

熊本大学大学院生命科学研究部分子脳科学講座の文東准教授、岩本教授および東京大学医学部附属病院精神神経科池亀助教、笠井教授らの研究グループは、統合失調症や双極性障害患者さんの血液では、セロトニントランスポーター注3)遺伝子の特定のゲノム領域が高いメチル化状態を示すことを明らかにしたと発表されました3)。加えて、高いメチル化状態は男性およびセロトニントランスポーター遺伝子のプロモーター領域注4)における低活性型の遺伝子多型を持つ患者さんで顕著に見られること、そして脳の扁桃体注5)の体積と逆相関することを見出したとしています。

さらに、人工的にメチル化した遺伝子のゲノム領域では、転写活性がほぼ完全に抑制されるとしています。当該研究により、セロトニントランスポーター遺伝子の特定の部位は、統合失調症や双極性障害の男性患者において高メチル化状態にあり、扁桃体の体積変化と関連していることが明らかにされました。

3.2研究の経緯

同研究グループは、これまでに双極性障害患者さんでのDNAメチル化解析により、セロトニントランスポーター遺伝子内の2つの特定の部位(CpG3およびCpG4)が高いメチル化状態を示すことを明らかにされてきました。当該研究では、過去に同定したこのCpG部位について大規模な追試実験を行い、また、新たに統合失調症患者さんでの検討も行い、セロトニントランスポーター遺伝子のDNAメチル化が病態に与える影響について、包括的な検討を行いました。

セロトニントランスポーターを標的とした薬剤は、抗うつ薬として広くうつ病や不安障害の治療に用いられており、精神疾患の病態に深く関わる分子の一つと考えられています。また、この遺伝子のプロモーター領域には、5-HTTLPRと呼ばれる遺伝子多型があり、うつ病をはじめとした精神疾患との関連解析が多数行われてきました。多型のタイプがL(long)型である場合、遺伝子の働きが強くなり多くのセロトニントランスポーターが産生され、S(short)型である場合は少なく産生されるそうです。私達は大まかにこの2種類の組み合わせであるL/L、S/L、S/Sのいずれかの型を持つとされています。S型を持つと不安傾向が強く、よりうつ病に罹患しやすいとされました。しかし、近年の大規模な研究により精査され、5-HTTLPRの遺伝子多型と精神疾患の単純な関係は否定されています。

当該研究では、双極性障害患者さん450例、統合失調症患者さん440例、健常者さん460例について、血液から抽出したゲノムDNAを用いて、セロトニントランスポーター遺伝子のDNAメチル化状態を測定しました。その結果、双極性障害患者さんおよび統合失調症患者さんのセロトニントランスポーターCpG3部位について、男性患者さんにおいて高メチル化状態にあることを確認されました。なお、小型の霊長類であるマーモセットに、抗精神病薬を長期投与し、そのセロトニントランスポーター遺伝子のDNAメチル化状態を測定したところ、メチル化変化は検出されなかったことから、双極性障害患者および統合失調症患者におけるメチル化変化は、投薬の影響を受けたものではないことが推定されるとしています。

また、セロトニントランスポーター遺伝子のプロモーター領域における遺伝子多型5-HTTLPRの詳細な解析を行ったところ、双極性障害患者および統合失調症患者において5-HTTLPRが低活性型である場合、高メチル化を示すことが確認されたとしています。また、多型のタイプが日本人特有のL型であるL16-Cである場合、低活性型であることも確認されました。

続いて、セロトニントランスポーター遺伝子のCpG3部位を人工的にメチル化し転写活性化能を測定したところ、メチル化したセロトニントランスポーター遺伝子では、転写活性化能が著しく抑制され、セロトニントランスポーター蛋白質の生成が抑制されることを見出されました。さらに、年齢・性別を適合させた健常者さん41例、統合失調症患者さん57例について、セロトニントランスポーターの働きが強く、過去にDNAメチル化状態との関連が報告されている扁桃体についてMRI脳画像を用いた解析を実施されました。解析の結果、低活性型5-HTTLPRを持つ男性患者さんの左扁桃体の体積と、CpG3のDNAメチル化率が逆相関を示すことを見出されました。これらのことから、低活性型5-HTTLPRを持つ男性統合失調症患者さんでは、セロトニントランスポーターが高メチル化状態にあり、セロトニントランスポーター量の低下を通して扁桃体体積の減少が生じている可能性が示唆されました。

3.3 研究のポイント

研究の要点は、次の通りです。

  1. ①統合失調症・双極性障害の患者さんにおいて、神経伝達物質の伝達量を調節するセロトニントランスポーター遺伝子にDNAメチル化変化が起きていることを、末梢血の解析で確認
  2. ②当該疾患におけるDNAメチル化の変化は、性別および遺伝子のタイプ(遺伝子多型)と有意に関連し、高メチル化は脳の扁桃体体積と逆相関を呈示
  3. ③セロトニントランスポーターのエピジェネティックな状態を標的とした精神疾患治療薬や診断マーカーの開発への期待

4.統合失調症、双極性障害と再生医療

統合失調症、双極性障害に対する我が国の再生医療等による研究あるいは治療を提供している医療機関について、厚生労働省のウエブサイト4)から調べましたが、確認できませんでした。また、再生医療実用化研究事業のもとで研究開発支援中の臨床研究ならびに治験課題5)2019年12月現在の情報)から調査しましたが、見当たりませんでした。以下に関連する研究及び開発についてご紹介致します。

◎神経幹細胞移植に関する研究

札幌医科大学精神神経科学の小野氏らの研究グループによる統合失調症に対する自己細胞移植療法の可能性-有効性に関する事前体外診断法の確立-経静脈的神経幹細胞移植の研究(2008年~2010年)があります。統合失調症モデル動物の陰性症状・認知機能障害と考えられる行動異常が抑制されることを明らかにされています。

◎iPS細胞を用いた神経細胞の形態に関する研究

慶應義塾大学医学部の岡野教授、大日本住友製薬株式会社リサーチディビジョン疾患iPS創薬ラボの石井研究員、名古屋大学大学院医学系研究科の尾崎教授らの共同研究グループは、ゲノムコピー数変異注6)を有する双極性障害および統合失調症患者さん由来のiPS細胞を用いた研究を行い、両疾患に共通した病態として、神経細胞の形態に異常が生じることを見出したと発表されました(2019年10月24日)5)

◎iPS細胞由来脳オルガノイドを用いた精神疾患の発症に関する研究

理化学研究所脳神経科学研究センター精神疾患動態研究チームの澤田研究員らの研究グループは、1人だけが精神疾患を発症した不一致な一卵性双生児のペア(罹患双生児と健常双生児)のiPS細胞由来脳オルガノイド注7)を用いて、ヒト脳の発達過程における興奮性神経細胞注8)抑制性神経細胞注9)の不均衡が精神疾患の発症に関連することを発見したと発表されました(2020年8月7日)6)

◎脳画像データの機械学習による統合失調症、発達障害の判別手法を開発

東京大学大学院総合文化研究科附属進化認知科学研究センターの小池准教授らの研究グループは、脳画像データの機械学習による統合失調症、発達障害の判別手法を開発したと発表されました(2020年8月17日)7)。同研究グループは、慢性期統合失調症、発達障害、および健常対照の方から計測された磁気共鳴画像(MRI)の脳構造データを用いて機械学習を行い、疾患群同士でも70%以上を判別可能な機械学習器を開発したとしています。


5.おわりに

鋭意取り組まれている研究の進展により、精神疾患のメカニズムが解明され、治療薬や診断マーカーが開発されることを願います。


(用語解説)


(参考資料)

  1. 岩田仲生:正しく知りたい統合失調症 鍵は早期発見、きょうの健康、NHK出版、p58-65、2020年7月
  2. 厚生労働省ウエブサイト:みんなのメンタルヘルス 双極性障害
  3. 熊本大学、東京大学、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構:統合失調症や双極性障害の男性患者ではセロトニン関連遺伝子のDNAメチル化状態が変化、2020年6月18日

(y. moriya)