NPO法人再生医療推進センター

No.106 再生医療トピックス

マウスのES細胞でミニ心臓作製

東京医科歯科大学

受精卵から作製されるES細胞(いーえすさいぼう,Embrionic Stem Cell:胚性幹細胞)は体のさまざまな細胞に分化させることができ、同じ性質を持つiPS細胞(人工多能性幹細胞)とともに万能細胞とも呼ばれています。ES細胞に関する再生医療等に関する取組はこれまでに当再生医療トピックスで4回ほど取上げさせていただきました。今回はES細胞から“ミニ心臓”の作製に世界で始めて成功した研究についてご紹介いたします。ES細胞については2章にて概要を記しました。


1.ES細胞でミニ心臓作製

マウスのES細胞から、実際に拍動する1mmほどの“ミニ心臓”の作製に成功したと、東京医科歯科大学の石野教授らの研究グループが発表されました1),2)。当該研究は今後、心臓病などの治療薬探しに生かせる可能性があるといいます。同研究成果は英科学誌「ネイチャーコミュニケーションズ」に掲載されました(2020年9月3日)。同研究グループによりますと、立体的な構造が再現された心臓の作製に成功したのは世界で初めてだということです。

同研究グループは、マウスのES細胞に、胎児の心臓が形作られる過程で多くみられる「ラミニン」という特殊なたんぱく質と立体構造をつくるために細胞同士を接着させるたんぱく質を加えて、10~15日間培養する方法によって、ES細胞は心筋細胞などに変化しながら、立体的に集まり、およそ2週間後には大きさが直径1mmほどの小さな心臓のような構造ができたということです。このミニ心臓は心房や心室などが備わっており、実際の心臓と同じように拍動するそうです。マウスの胎児の心臓によく似た構造だということです。

幹細胞等から作製した臓器を大きくするには、臓器の内部まで栄養を送って培養する必要があり、現時点では技術的に難しいとされています。このためヒトの臓器の代わりに、幹細胞等で作製したミニ臓器で新たに開発した治療薬の反応を確かめたり、病態解明に使ったりするのが現実的とされています。同研究チームは今回の方法を使い、ヒトのiPS細胞でもミニ心臓をつくる研究を進めているとのことです。石野教授は「創薬事業において、薬の心臓への毒性がより早期に確実にわかるようになる可能性がある」と述べておられます。


2.ES細胞について

ES細胞由来の再生医療の取組については、「No.88 再生医療トッピクス:ES細胞由来の肝臓の細胞を赤ちゃんに移植、治療は成功 世界初 国立成育医療研究センター」などでご紹介しました。本章ではES細胞について、No.88 再生医療トッピクス等で記載しました内容に基づきました概要を記しました。

胚(胎児と呼ばれる前の細胞の集合体で、受精卵が6-7回分裂して100個ほどの細胞の塊となったものが胚盤胞、この胚盤胞の内部細胞塊の細胞を取出して、培養した細胞がES細胞(Embryonic Stem cell:胚性幹細胞))です。胎盤にはなれませんが、神経細胞、血球、心筋など体のあらゆる細胞になる多能性を有しています。1981年に英国の生物科学者マーティン・エバンス氏らは、マウスの胚盤胞の内側にある細胞を取出し、それを試験管の中で培養する条件を突き止めました。1998年に米国のジェームズ・トムソン(iPS細胞の作製を中山教授と同日に発表)氏がヒトのES細胞を作製することに成功しました。

ヒトES細胞は移植する細胞や組織の供給源となり得るため、再生医療の切り札とされてきました。しかし、ES細胞の実用化にあたり、倫理問題と拒絶反応の問題が壁として立ちはだかりました。この拒絶反応を克服するのがヒトクローンES細胞)です。2013年、米国のミタリポフの研究チームは体細胞ヒトクローンES細胞の作製に成功しました(ただ、このES細胞を再生医療に応用するまでには、必要な組織や臓器へと変化させる方法が未開発であるという問題と、生命倫理の問題があります)。

我が国では2001年の国の指針でES細胞の使用を基礎研究に限定しましたが、2014年に国は指針を改め、治療を目的とした研究利用が可能になりました。京都大学は2018年5月に、再生医療に使う人のES細胞を企業や大学などに配布すると発表しました。国立成育医療研究センターもヒトES細胞樹立機関として認定を受けました。ES細胞の治療研究も国内で進めば、体性幹細胞、iPS細胞と高めあうことで再生医療の進展に弾みがつきます。

ヒトES細胞の登場から22年、我が国おいて臨床試験が行われるようになり、上記のように国立成育医療研究センターは、ES細胞から作製した肝細胞を、生まれつき重い肝臓病のある乳幼児(小児尿素サイクル異常症)に移植する医師主導の臨床試験を実施し、成功されています。ES細胞を使った国内での人を対象にした臨床研究は初めてであり、世界的にも肝臓への移植は初めてでした。


(参考資料)

  1. 朝日新聞DIGITAL:マウスのES細胞でミニ心臓、治療薬探しへの応用に期待、2020年9月4日
  2. NHKウエブサイト:マウスのES細胞から“ミニ心臓”作製に成功 東京医科歯科大、2020年9月13日

(y. moriya / 2020.09.15)