NPO法人再生医療推進センター

No.108 再生医療トピックス

iPS細胞由来の心筋球移植の臨床研究了承

慶應義塾大学

iPS細胞由来の心筋球移植の臨床研究の概要と、心不全に対する再生医療の取組及びiPS細胞由来の心不全に対する臨床研究についてご紹介いたします。


1.iPS細胞由来の心筋球移植の臨床研究を了承

2020年8月27日に開かれた厚生労働省の厚生科学審議会再生医療等評価部会でおいて、慶應義塾大学医学部の福田教授らの研究グループが計画されているiPS細胞から作製した心臓の筋肉の細胞を「拡張型心筋症注1)」と呼ばれる重い心臓病の患者さんに移植する臨床研究が了承されました1),2)

同研究グループが、iPS細胞から心臓の筋肉の細胞を作り、重症心不全の患者さんに移植する臨床研究について、再生医療を審査する慶應義塾大学特定認定再生医療等委員会に提供計画が申請(2019年5月27日)されたことは、本再生医療トッピクス、No.48「心不全などに対する再生医療等の取組(2)」でご紹介しました。その後、当該臨床研究の第1種再生医療等提供計画が、同大学特定認定再生医療等委員会により、再生医療等の安全性の確保等に関する法律および同法施行規則の規定する再生医療等提供基準に適合しているとの判定を受けました(2020年2月5日)。そして同大学病院は、当該提供計画の実施を厚生労働大臣へ申請することになり、再生医療等提供基準への適合性適合性が確認され、当該臨床研究を開始する運びとなりました。

iPS細胞を使って心臓の機能の回復を目指す臨床研究は、大阪大学の澤教授の研究グループが虚血性心疾患の患者さんを対象に、2020年1月、心臓の筋肉の細胞をシート状に培養して、直接、貼り付ける手術を実施されており、慶應義塾大学の臨床研究は、これに続くものになります。


2.当該臨床研究の概要

拡張型心筋症は血液を送り出す心臓の力が低下し、重症の場合、心臓移植も行われる病気です。京都大学iPS細胞研究所が健康な第三者からつくり備蓄しているiPS細胞から、「心筋球」と呼ばれる心筋細胞のかたまりを作製し、心臓を収縮させる心筋細胞の働きが悪くなる「拡張型心筋症」の重症患者さん3人(20歳以上75歳未満:移植する心筋球とヒト白血球抗原(HLA)注2)が一致し、重度であるものの、すぐに補助人工心臓の装着を必要としない患者さん)に対し、心臓に影響を与えないとされる特殊な針を使って5千万個分の細胞を心臓に注入する計画です。その後は免疫抑制剤を使い、拒絶反応を抑えます。心筋細胞にうまく変化できなかったiPS細胞があると、がん化しやすくなります。そこで特殊な培養液を用い、がん化などが起きないようにします。心臓に細胞を直接注入することによる不整脈が起きないかなど、1年かけて安全性や心機能の改善によって重症化が食い止められているかを調べる計画です。

臨床研究の対象となった患者さんに治療上の有効性が認められる可能性はありますが、今回の臨床研究における主要な目的は、移植した再生心筋細胞および移植方法の安全性を確認することとしています。当該臨床研究で安全性が確認できた場合、将来的な計画として、移植する細胞数を増やすことによる有効性の検討や、「拡張型心筋症」だけでなく、虚血性心疾患など他の原因に起因する種々の心不全における安全性や有効性の検討を行いたいと考えておられます。

慶應義塾大学発の再生医療スタートアップのハートシードはベンチャーキャピタルのSBIインベストメントなどから28億円の資金を調達したとしています。2020年末にも国内でiPS細胞を使った心臓の再生医療治療法の臨床試験を始める計画で、心筋細胞の量産に向けた体制を整えるとしています。ハートシードは同大学福田教授らの研究成果をもとに、iPS細胞から作った心筋細胞を心臓に移植する治療法の実用化を目指しています。


3.心不全などに対する再生医療等の取組

心不全とは、「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気」という定義を日本循環器学会と日本心不全学会は2017年に発表しました(医学の専門用語としては「病気」ではありませんが、心臓が悪いことを総合的に表現する言葉して、「病気」と表現しています)3),4)。我が国の死因統計をみると、心疾患で亡くなる患者さんはガンに次いで多く、その中でも一番の死因が心不全です。2014年度の心疾患の総患者数は172万9000人とがんに次いで多く、(厚生労働省「2015年患者調査の概況」)、2020年には120万人を超すと予測されています。

心不全が重症化すると一般的な薬や手術では回復することは難しく、最終的には心臓移植しか患者さんを救う方法はありません。しかし、心臓移植も、深刻なドナー不足から患者さんの多くは移植を断念せざるを得ない状況にあります。

欧米を中心に、主に虚血性心筋症を対象に骨髄細胞や筋芽細胞移植が行われ、臨床研究を通してその安全性と可能性が示されてきました。我が国おいては、心筋幹細胞を注射で移植し、血管新生を促すためにサイトカインを封じ込めたゼラチンシートを移植した部位に貼る治療法による臨床研究が実施されています。また、足の筋肉から採取した筋芽細胞をシート状にして心臓に移植する臨床研究が実施され、この細胞シートを用いた治療は2016年に保険診療が可能となりました。根本的な治療が心臓移植しかない拡張型心筋症の小児患者さんに心筋細胞(自家)を移植する臨床研究も開始されました。

iPS細胞(他家)から作製した心筋シートを重症心不全患者さんの移植する世界初の臨床研究が開始されました。iPS細胞(他家)から作製した心臓組織を貼り付けて拡張型心筋症を治療する研究もなされており、体のさまざまな組織の細胞に変化するとされている特殊な細胞、Muse細胞を使って、他家Muse細胞による急性期心筋梗塞への治験が始められています。心筋梗塞などで線維化してしまい、ポンプ機能が低下した心臓の細胞に3種類の遺伝子を導入し、心臓の機能を回復することに、マウスを使った実験で実証した報告があり、細胞移植を必要としない新しい心筋再生法として、再生医療への応用が期待されます。また、ヒトのiPS細胞から作製した心筋細胞などをもとに、細胞を積み重ねて立体的な組織を作るバイオ3Dプリンターで心筋組織を作ることに成功したとの研究結果も発表されています。


4.心不全に対するiPS細胞による臨床研究について

iPS細胞を心臓病の治療に応用する研究は、上記の慶應義塾大学の福田教授のチームを含め、大阪大学の澤教授らのチーム、京都大学の湊谷教授のチームも進めておられます。大阪大学は2020年1月に移植が実施されました。慶應義塾大学は2020年度中の移植を計画されており、京都大学の計画は厚生労働省の部会で審議がされる予定です。

3つの臨床研究は疾患の対象や期待される効果などにそれぞれ特徴があります。大阪大学の澤教授らの研究チームは、心臓の血管が詰まって血流が滞り、心筋が傷つく「虚血性心疾患」の患者さんを対象にしています。iPS細胞から心筋細胞を作製し、同細胞をシート状の心筋シートにし、虚血性心筋症の患者さんの心臓に移植することを実施されました。この移植により、血管再生などを促す物質が放出され、血流の改善などが見込まれています。

慶應義塾大学の福田教授らの研究チームは、心不全の中でも、心臓を収縮させる心筋細胞のはたらきが悪くなり、心臓がふくらむ「拡張型心筋症」を対象としています。心筋細胞から心筋球を作成し、同心筋球を拡張型心筋症の患者さんへ、特殊な注射針で心臓へ直接移植します。その後、移植した心筋球が成長し、拍動の改善が図られます。

京都大学の湊谷教授らのチームは拡張型心筋症あるいは虚血性心筋症などの重症心不全患者さんの心筋再生治療を目的として、iPS細胞から心血管系細胞を分化誘導し、シート化・積層化を行い、ヒトiPS細胞由来心血管系細胞多層体を作製して、重症心不全患者さんに移植による心筋再生治療の安全性と有効性の評価を目指しています。

iPS細胞を使った心不全の治療は高齢者の方々も対象になるため、期待されています。三つのチームがそれぞれ異なる手法で安全性や効果を慎重に研究されています5)。大阪大学や京都大学の移植技術は、シート状に作製した心筋細胞を心臓の表面に貼り付け、シートから放出されるたんぱく質が血管の再生などを促すことが期待されています。京都大学はシートを特殊な技術で多層化させます。いずれもシートは心臓にずっと貼り付いているわけではなく、数カ月後には消失するため、効果がどれぐらい持続するのかは検証が必要となります。一方、慶應義塾大学の移植技術は、特殊な注射で心筋内に心筋細胞の塊となる「心筋球」を注入し、長くその場に生着させます。もとの心臓の細胞とともに働いて拍動を改善させるのがねらいですが、限りなく増増殖するiPS細胞がそのまま残るとがんになったり、移植した細胞と心臓の拍動が合わずに不整脈になったりする可能性もあるために、長期的な安全性の検証が欠かせません。

心不全の研究が複数並行して進められており、異なる視点による治療技術が生まれることで、切磋琢磨され実用化が進むことが期待されます。


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図1 心不全などに対する再生医療等の取組


(用語解説)


(参考資料)

  1. NHKNEWSウエブサイト:iPS細胞使い心臓病患者の機能回復目指す慶応大の臨床研究了承、2020年8月27日
  2. 薬事日報:iPS移植で心不全治療‐国内初の臨床研究を了承、2020年8月31日
  3. 日本循環器学会、日本心不全学会:厚生労働省記者会、『心不全の定義』を発表、2017年10月31日
  4. 筒井裕之:知られざる心不全 心不全! 爆発的拡大に備えろ、きょうの健康6、NHK出版、p33-49 2019年6月
  5. 朝日新聞DIGITAL:活発化するiPSの心臓病治療、進む三つの研究の違いは、2020年8月28日

(y. moriya / 2020.09.29)