1.はじめに
現在、糖尿病には膵臓移植などでβ細胞注1)を補う治療が行われています。しかし、他の臓器移植と同様にドナーの不足が課題です。iPS細胞などからβ細胞や膵臓を作製し、移植する治療法の開発が進められています。しかし、その作製は多くの工程から構成されており、経済性や安定性で課題があります。以前、ES細胞およびiPS細胞由来膵芽細胞の作製について触れましたが、今回は、その続報としてiPS細胞由来による膵前駆細胞の効率的な作製法についてご紹介します。
2.ES細胞およびiPS細胞由来膵芽細胞の作製
当再生医療トピックスNo.58、「糖尿病に対する再生医療等の取組(4)糖尿病:ES細胞/iPS細胞 膵芽細胞 マウス 基礎研究」で京都大学iPS細胞研究所の長船教授らの研究グループが、ヒト多能性幹細胞(ES細胞およびiPS細胞)を膵臓の元となる膵芽細胞へと高効率に作製する培養条件を確立し、作製した細胞が移植後に血糖値に応じたインスリン分泌をする細胞への成熟の可能を明らかにしたこと1)-3) をご紹介しました。
膵臓は、膵前駆細胞注2)と呼ばれる一層の細胞シートから膵芽と呼ばれる細胞の塊が作られることにより形として認識されます。膵芽は膵臓の最初の組織であると考えられています。膵芽細胞は糖尿病に対する細胞移植療法をはじめとした膵臓再生医療の基盤となる細胞源として期待されています。これまでにヒト多能性幹細胞から膵芽細胞を作製する方法はいくつか報告されていますが、分化のメカニズムが完全には分かっておらず、安定性、効率などの点について改良の余地がありました。
当該研究では、ヒトの膵発生過程において膵芽細胞が出現する際に細胞の塊をつくることに着目し、それを培養皿上で再現し、その結果、細胞密度と相関して膵芽細胞(PDX1+ NKX6.1+ cell)への分化が促され、細胞塊を作製して培養することでさらに効率よく分化することを明らかにしました。さらに、細胞塊の形成で分化誘導に効果が見られた点などから、細胞間相互作用を介した新たな分化の仕組みが存在することも明らかにしました。加えて、作製した膵芽細胞をマウスに移植すると、生着して胎児の膵臓に似た組織構造を形成し、最終的には血糖値に応じてインスリンを分泌する成熟した膵β細胞へと分化したとのことです。
同研究グループは、ES細胞およびiPS細胞から膵臓細胞への分化過程を解析し、膵臓の元となる胎生期の膵芽細胞への分化を制御するメカニズムに、細胞骨格に関連する分子が関与することを明らかにしました。細胞骨格を調節する薬剤を用いることで、iPS細胞から再生医療に使用する膵臓細胞を効率よく作製することができるということです。
3.iPS細胞由来による膵前駆細胞の効率的な作製法
長船教授らの研究グループはヒトiPS細胞から膵臓でインスリンを分泌するβ細胞の前段階にあたる細胞を効率的に作製する方法を開発したと発表されました(2020年10月30日)4)。膵臓のβ細胞の数が減ることで発症する糖尿病患者さんの治療法などへの応用が期待されます。
研究グループは、β細胞になる前段階の膵前駆細胞をより安価で大量に作製しようと、どの物質が膵前駆細胞の増殖を促すかを検討した結果、蛋白質の一種であるWNT7Bが大きく関与していることを発見しました。さらに、同タンパク質を用いることで、既往の方法では20~30倍までしか増加できなかった膵前駆細胞を、大量に作製することができたということです。
(y. moriya / 2020.11.10)
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