NPO法人再生医療推進センター

No.121 再生医療トピックス

アフリカツメガエルの幼生遺伝子を用いて脊髄損傷の治療に有効!

〜脊髄内在性神経幹細胞への遺伝子導入による神経再生〜

手足が動くのは脳からの信号が手足を動かす筋肉に伝えられるからです。この信号が通る経路を錐体路と呼びます。脳の表面近くにある運動神経細胞から出された信号は脊髄を通って末梢神経に伝わりそこから筋肉に伝えられます。脊髄は脳と筋肉を結ぶ神経の通り道なのです。脊髄損傷(日本整形外科学会HPへ)1)は、事故などにより脊髄が傷つくとこの脳からの指令が適切に筋肉に伝わらなくなるため手足が動かなくなってしまいます。脊髄の障害は脊椎(背骨)の脱臼や骨折によって起こります。また脊柱管が狭くなっている人(脊柱管狭窄症、後縦靭帯骨化症、椎間板ヘルニアなど)でも脊髄が圧迫されれて生じることがあります。脱臼や骨折がなくて生じるので「非骨傷性脊髄損傷」と言います。標準的な治療では不安定性な脊椎の固定や圧迫を除去する手術を行います。リハビリテーションが有効なこともあります。

横隔膜や肋間筋を動かす指令が伝わらなくなると呼吸機能障害も起こります。排尿に関わる筋肉が動かなくなれば排尿の問題も生じます。残念ながら傷ついてしまった脊髄を治す有効な治療はまだ確立されていません。傷ついてしまった脳が再生しないのと同じ理由です。。

脊髄損傷に対する再生医療については,再生医療トピックスNo.23「脊髄損傷の再生医療等製品、初の保険適用」や再生医療トピックスNo.31「脊髄損傷に対する再生医療等の様々な取組(1)」・再生医療トピックスNo.32「脊髄損傷に対する再生医療等の様々な取組(2)」・再生医療トピックスNo.33「脊髄損傷に対する再生医療等の様々な取組(3)」で取り上げています。

脊髄損傷に対する再生医療分野の治療には、間葉系幹細胞の静脈注射療法あるいは神経幹細胞・ES細胞・iPS細胞などを用いた細胞移植療法と、神経栄養因子や軸索伸展阻害因子の阻害剤などを組み合わせた細胞移植療法以外の治療があります。脊髄損傷の治療が難しいのは、哺乳類の脊髄における神経再生能力が非常に限られていること、 そしてグリア瘢痕(はんこん)注1)と呼ばれる損傷部の傷跡が神経再生を妨げることなどが考えられています。この克服により脊髄損傷治療が期待されています。

名古屋大学大学院医学系研究科脳神経外科学の夏目 敦至准教授、福岡俊樹客員研究者、加藤彰研究員らの研究グループは、非常に高い再生能力を持つアフリカツメガエルの幼生(オタマジャクシ)の遺伝子から神経再生に有効な遺伝子「Neurod4」を発見し、脊髄損傷させたマウスの脊髄内の神経幹細胞注2)に遺伝子を入れることで神経再生に成功したと発表しました2-3)

体内の体性幹細胞を取り出し,増殖させて,再び体内へ戻す従来の方法とは異なり,遺伝子導入用ウイルスを利用して体内の体性幹細胞に直接遺伝子修飾を行う新しい再生医療の試みです。

アフリカツメガエルのオタマジャクシは再生能力が高いことが知られています。研究グループはこのオタマジャクシの遺伝子の網羅的発現解析を実施し、有望な神経転写因子のNeurod4を発見しました。ついでNeurod4を脊髄神経の損傷部位まで届ける手方法として研究チームは神経幹細胞に感染しやすいリンパ球性脈絡髄膜炎ウイルス注3)のエンベローブ(ウイルスの殻)にレトロウイルスの中味を入れた、遺伝子導入用のハイブリッド型のベクター(運び屋)ウイルスを開発しました。そして脊髄損傷後のマウスの上衣細胞注4)から脱分化した上衣細胞由来の脊髄幹細胞に当該ウイルスが感染することで転写因子「Neurod4」を導入することに成功しました。その結果、脊髄損傷で生じる瘢痕形成を阻害して新生運動神経細胞が形成されたと発表しました。既存の神経細胞ともシナプスを形成し下肢機能が改善したとのことです。Neurod4以外の神経分化促進因子も存在するようですから同様の手法で脊髄損傷の治療が開発されることが期待されます。

(脊髄損傷マウスを用いた研究結果)

新しい神経細胞と既存の神経細胞とがシナプスを形成しうるとなれば、脳の損傷を幹細胞で補い機能的回復への道が開かれることでしょう。


(用語解説)(名古屋大学のプレスリリースから転記)


(参考資料)

  1. 公益社団法人日本整形外科学会ホームページ:損傷 予防と治療
  2. 名古屋大学:プレスリリース「アフリカツメガエルのオタマジャクシの遺伝子が脊髄損傷の治療に有効! ~脊髄内在性神経幹細胞への遺伝子導入による神経再生~」、2021年02月03日
  3. Toshiki Fukuoka et al.,「Neurod4 converts endogenous neural stem cells to neurons with synaptic formation after spinal cord injury」, iScience Volume 24, Issue 2, 19 February 2021, 102074

(adipocyte+neuron / 20210218)