NPO法人再生医療推進センター

No.92 再生医療トピックス

毛髪再生医療による壮年性脱毛症の治療法

DSC細胞加工物を用いた臨床研究と毛包器官再生による非臨床試験

朝日新聞DIGITAL(2020年6月5日)によりますと、ハーバード大学などの研究チームはヒトのES細胞やiPS細胞から毛包や皮脂腺などを含む皮膚組織を作製することに成功し、同皮膚組織を移植したマウスの発毛もES細胞で確認したと発表(2020年6月4日、ネイチャー誌)したとのことです。そこで、我が国おける毛髪再生医療についてご紹介いたします。毛球部毛根鞘細胞加工物を用いた自家培養細胞の頭皮薄毛部への注入施術に関する臨床研究と、毛包器官再生による非臨床試験、そして毛髪再生医療に関して、厚生労働省に届出された第二種再生医療等・治療の提供計画で、自己脂肪由来間葉系幹細胞を用いた治療についてです。最後に、ハーバード大学の研究成果について、ご紹介致します。


1.男性型脱毛症について1)

男性型脱毛症とは、毛周期注1)を繰り返す過程で成長期が短くなり、休止期にとどまる毛包注2)が多くなり、前頭部や頭頂部の頭髪が、軟毛化して細く短くなり、最終的には頭髪が皮表に現れなくなる現象です。日本の男性の場合には20歳代後半から30歳代にかけて現われ、次第に進行し、40歳代以後に顕著になります。

男性型脱毛症の発症には遺伝と男性ホルモンが関与し、遺伝に関してはX染色体上に存在する男性ホルモンレセプター遺伝子の多型や常染色体の17q21や20p11に疾患関連遺伝子の存在が知られています。一方、男性ホルモンは骨・筋肉の発達を促し、髭や胸毛などの毛を濃くします。しかし、前頭部や頭頂部などの男性ホルモン感受性毛包においては、逆に軟毛化現象を引き起こします。男性ホルモン感受性毛包の毛乳頭細胞注3)には男性ホルモン受容体が存在し、髭や前頭部、頭頂部の毛乳頭細胞に運ばれたテストステロン注4)はII型5α―還元酵素の働きにより、さらに活性が高いジヒドロテストステロン(DHT)に変換されて同受容体に結合します。DHTの結合した男性ホルモン受容体は髭では細胞成長因子などを誘導することで成長期が延びます。一方、前頭部や頭頂部の男性ホルモン感受性毛包においては、DHTの結合した男性ホルモン受容体はTGF-βやDKK1などを誘導することで、毛母細胞注5)の増殖が抑制され成長期が短縮することが報告されています。

わが国における男性型脱毛症の治療および海外で発表された男性型脱毛症の治療手順やガイドラインに関しては、「日本皮膚科学会ガイドライン“男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン2017年版:日本皮膚科学会誌、p2765-2777”1)に詳細が記されています。


2.毛髪再生医療による壮年性脱毛症の新たな治療法

東京医科大学皮膚科学分野の坪井教授を中心とする研究チームは、東邦大学医療センター大橋病院皮膚科新山准教授、(株)資生堂再生医療開発室と共同で、脱毛症や薄毛の方々を対象に、医師主導の臨床研究を行い、自家毛髪培養細胞を用いた細胞治療法に安全性と改善効果を認めと発表しました2)

壮年性脱毛症の治療法として、我が国ではいくつかの薬剤等が用いられています。しかし、継続的な使用が必要であることや、女性の場合は薬剤の選択肢が限られていることなどの課題があり、その効果は十分ではないとされています。当該臨床研究では、細胞治療技術の安全性および有効性を確認し、脱毛症や薄毛の方々に向けた細胞治療法の開発を目指しています。

東京医科大学特定認定再生医療等委員会にて承認された計画に基づき、毛球部毛根鞘(DSC)細胞注6)加工物を用いた自家培養細胞の頭皮薄毛部への注入施術の安全性と有効性を検討する臨床研究が実施されました。被験者の後頭部から直径数mm程度の皮膚組織採取し、細胞加工施設(資生堂細胞培養加工センター)に輸送し、毛包DSC組織を単離、培養し、DSC細胞加工物が作製されました。50人の男性と15人の女性被験者に対し、脱毛部頭皮の4つの異なる部位に、異なる量のDSC細胞またはDSC細胞を含まないプラセボ注7)懸濁液を1回注射しました。その後、1年後まで総毛髪密度、積算毛髪径、平均毛髪径が測定されました。

その結果、DSC細胞を注射した部位の総毛髪密度と積算毛髪径は、6か月後および9か月後にプラセボと比較して有意に増し、その有効性に性差はなかったとのことです。なお、重大な有害事象も認めらなかったそうです。当該臨床研究では、DSC細胞加工物を薄毛部に一度だけ注射し、有効な細胞濃度を決定し、安全性を確認しました。臨床で実際に治療法として適用するためには、薄毛部全体に複数回投与して、十分な治療効果と安全性を示すことが必要であるとしています。今後は、そのための臨床研究を実施する予定だそうです。


3.再生医療等提供計画における研究・治療

毛髪再生医療に関して、厚生労働省に届出された再生医療等提供計画は、第二種再生医療等・治療3)において、以下の通りに公表されております。いずれも、自己脂肪由来間葉系幹細胞を用いています。


4.毛包再生医療の臨床試験を目指した非臨床試験

株)オーガンテクノロジーズと理化学研究所(生命機能科学研究センターの辻チームリーダー)は毛包器官再生による脱毛症の治療に向けた非臨床試験を開始すると発表しました(2018年6月4日)4)。男性型脱毛患者さんの正常な後頭部頭皮から採取した毛包から、上皮性幹細胞と毛乳頭細胞、色素性幹細胞をそれぞれ取り出し、培養します。培養、増幅後、それぞれの細胞を回収し、再生毛包器官原基法注8)及び同原基製造法を用いて再生毛包器官原基を作製します。同再生毛包器官原基には、毛穴製造用のナイロン縫合糸が挿入されており、発毛を可能とします。なお、ヒトへの臨床応用に向けて、一定規格の再生毛包原基を安定して大量製造する技術は、京セラ(株)の参入により実現できたとしています。

非臨床試験用の製造サンプルで行う安全性試験では、一般毒性および造腫瘍性試験としてマウスの背部皮下にヒト再生毛包器官原基を複数移植し、全身状態や移植部位の様子を一定の期間にわたり、観察するとしています。試験終了時には、移植部位周辺並びに全身の組織の病理組織学的検査および免疫組織学的検査を実施し、ヒト再生毛包器官原基に由来する毒性や悪性腫瘍の形成がないことを検査します。

2018年7月より非臨床試験用の製造を開始し、動物を用いた非臨床安全性試験を実施し、同試験の結果に基づいて、特定認定再生医療等委員会および認定臨床研究審査委員会での審議を受け、当該委員会の承認後、厚生労働大臣に提供計画の提出を行ない、臨床研究の実施へと移行する計画です。


5.ES細胞由来の皮膚組織をマウスに移植し、発毛を確認

ハーバード大学などの研究チームはヒトのES細胞やiPS細胞から毛包や皮脂腺などを含む皮膚組織を作製することに成功したと発表しました(2020年6月4日ネイチャー誌)6)。同皮膚組織を移植したマウスの発毛もES細胞で確認し、脱毛症や薄毛などの治療につながる可能性が期待されます。同研究チームは、ヒトのES細胞やiPS細胞を特定の条件で4-5カ月培養し、皮脂腺や神経回路、毛をつくる毛包まで含む皮膚組織を作製しました。ES細胞から作製した組織をマウスの背中に移植すると、移植した箇所の55%で2~5mmの毛が生えたそうです。ただ、その他の22%は皮膚の中に毛が埋もれた状態で残り、22%は技術的な問題で失敗したとのことです。

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図1 毛髪再生に関する再生医療等の取組

(用語解説)


(参考資料)

  1. 男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン作成委員会:127(13)、2763-2777、2017(平成29)
  2. 東京医科大学、東邦大学、(株)資生堂プレスリリース:毛髪再生医療による男女の壮年性脱毛症の新たな治療法の開発-自家毛髪細胞を用いた臨床研究により安全性と改善効果を確認、2020年3月6日
  3. 厚生労働省ウエブサイト::再生医療等提供機関一覧、第二種再生医療等・治療に関する提供計画
  4. 株)オーガンテクノロジーズ、理化学研究所プレスリリース::毛包器官再生医療に向けた非臨床試験開始について、2018年6月4日
  5. 理化学研究所生命機能科学研究センター器官誘導研究チーム辻孝研究室ウエブサイト::毛髪再生医療の実現を目指して -毛髪の機能―
  6. 朝日新聞DIGITAL:ES、iPS細胞で発毛治療? 皮膚組織作製に成功 ハーバード大など、2020年6月4日

(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)