ポリオワクチンを開発した米ウイルス学者、ジョナス・ソークが創設したソーク研究所のチームと中国の昆明科学技術大学のチームは世界で初めてヒトとサルから胚をつくり、実験室で19日間まで培養することに成功したと発表しました(4月15日付、米科学誌セル(Cell)1))。報告によると、サルの胚にヒト幹細胞を注入して異種の細胞を持つ「キメラ注1)」胚をつくり、培養して成長させたとしています。
この報告で利用されたhuman extended pluripotent stem cells (hEPSCs)は2017年4月6日にCell誌に掲載されたソーク研究所と北京大学のチームより作り出された「胚および胚外系統の両方に対して全能性のような両性発達する安定したヒト幹細胞(ヒトEPSCs:human extended pluripotent stem cells (hEPSCs))」であろうと思われます2)。哺乳類の卵子が受精して分裂し始めると、新しい細胞は胚に発達する細胞と胎盤や羊膜などの支持組織に発達する細胞の2つのグループに分かれます。これは比較的早い段階で行われるため、研究者は細胞がどちらのタイプにもなり得るポイントを通過するまでに培養細胞株を安定して維持することは困難でした。彼らは、4つの化学物質と成長因子を組み合わせたカクテルがヒト多能性幹細胞を発生的に成熟していない状態で安定させ、幹細胞を安定してどちらのタイプにもなる能力を持つ拡張多能性幹(EPS)細胞にする技術を確立しました。この新しい技術は、哺乳類の発達に関する新しい洞察をもたらし、より良い疾患モデリング、創薬、さらには組織再生につながる可能性があります。また、胚の着床と胎盤機能に影響を与える初期の発生過程と疾患のモデル化に特に有用であると期待されており、体外受精技術の改善への道を開く可能性があります3,4)。
過去にヒトと動物の間でのキメラの作成は試みられており,2017年にソーク研究所から報告されたブタとヒトのキメラでは、注入されたhEPSCsがブタの体内への定着に成功しましたが、注入から約20日後マーカーによって可視化され確認されたヒト細胞の割合はブタ細胞10万個に1個という少なさでした。その原因は、進化の過程でヒトとブタが枝分かれしたのは9000万年前であり、「種の壁」であると考えられました。
動物とヒトのキメラ胚を子宮に入れることは当然倫理的に問題がありますが、サル胚を子宮外で培養する人工子宮技術を使えば、そうした問題の多くを克服することが可能になり、病気の治療法の確立や、移植のために必要な臓器の作成に役立つ可能性があると考えました。
そこで、今回ソーク研究所のチームは、進化的にヒトに近いサル(カニクイザル)を用い、サル胚を子宮外で培養する人工子宮技術を保持している中国の昆明科学技術大学のチームとサルの胚にhEPSCsを注入して異種の細胞を持つ「キメラ」胚をつくり、培養して成長させることを試みました。
hEPSCsをカニクイザルの胚(再生医療トピックスNo.123で取り上げた胚盤胞)に注入し、実験容器内でヒトとサルの細胞が混在した胚を生み出しました。
上図(Tan et al., 2021, Cell 184, 2020–2032 April 15, 2021 a 2021 Elsevier Inc.1)より転載)に示される様に受精後6日目の胚盤胞の段階になったカニクイサルの受精卵に、hEPSCsを加え、hEPSCsが混在するキメラ胚132個を作製しました。その後,実験容器内で培養を続けたところ、111個が人工子宮への着床に成功し、注入されたhEPSCsは胚盤胞内部に存在する「内部細胞塊」に組み込まれ、3個が胚発生の初期にあたる「原腸陥入期」に入りました。この時点で、倫理的に予想できないリスクを避けるため、研究者たちは生き残っていたキメラ胚(原腸陥入期の3個)を19日目に破壊しました。なお、破壊前にキメラ胚内部のヒトの細胞の比率を調べたところ、ブタとヒトで得られたキメラ胚よりも遥かに高いことが確認されました。この間、キメラ胚は純粋なサル胚やヒト胚とは異なる遺伝子やタンパク質が活性化しており、キメラ胚内部で「ヒト細胞とサル細胞のコミュニケーション」が有ったとの興味深い結果が得られているとの事です。
チームは、研究の目的として、将来移植用の臓器などを動物で作らせるための基礎研究としています。今回の研究は、米中両国で倫理委員会の承認などを得たうえで行ったとしており、作製したキメラ胚も破壊し、子宮には移植されていないと言う事です。
読売新聞の報道5)によりますと、日本でも移植用臓器の確保を目的に、ヒトとブタなどのキメラ胚の作製研究が行われていますが、ヒトとサルのキメラ胚が作製されたことに、日本の研究者からは、次のような生命倫理の面で懸念の声が上がっていると言う事です。
長嶋比呂志・明治大専任教授(発生工学):「人に近く、倫理面などで問題が大きいサルを使うのは禁じ手ではないか」と疑問を呈しています。
中内啓光・東京大特任教授(幹細胞生物学):「動物同士を使った研究を経るなど段階的に行うべきだ。生命科学研究に逆風が吹かないか心配だ」と述べています。
沢井努・京都大特定助教(生命倫理学):「ヒトとサルのキメラ胚を作製する基礎研究は文部科学省の指針で容認されているが、どういう基準で認められるのか不明確で、議論自体が足りていない」と指摘しています。
そもそもヒトの胚細胞を一定期間(上記研究では19日)成長させた後に破壊つまりは殺傷することが許されるのでしょうか?
知的好奇心の為に生命を弄ぶことは許されることではありません。病気の治療のために限ること、種の改変につながる操作を禁止すること、など何らかの規律が必須です。もはやそうした線引きすら難しい段階に達しているかも知れません。人類が人類であり続けるために真摯な議論を望みます。
(adipocyte + neuron / 20210425)
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