NPO法人再生医療推進センター

No.83 再生医療トッピクス

ES細胞由来の肝臓の細胞を赤ちゃんに移植 治療は成功

世界初 国立成育医療研究センター

マウスを使った研究で、ES細胞から生殖細胞を作製し、卵子の元となる「卵母細胞」に分化させることに成功し、マウスの生殖細胞が卵子の元になる「卵母細胞」に変化する過程の一端を解明された研究と、精子幹細胞を自家移植することで先天性男性不妊症の治療ができることをマウスによる実験で発見された研究についてご紹介致します。


再生医療等による不妊治療は、厚生労働省に提出された再生医療等提供計画1)によりますと、第二種再生医療等提供計画の研究は1件、治療については27件あります。いずれの研究及び治療も、多血小板血漿(PRP、Platelet-Rich Plasma:当センターウエブサイトの再生医療用語集を参照ください)を使った不妊治療です。患者さん自身の血液から抽出した高濃度の血小板を子宮内に注入する方法です。血小板は、出血を止める作用の他に、細胞の成長をうながす物質や免疫にかかわる物質を含むため、多血小板血漿療法により子宮内膜が十分に厚くなることが期待され、それにより、受精卵が着床しやすくなる可能性が高くなると考えられています。

1.ES細胞について2)

胚(胎児と呼ばれる前の細胞の集合体で、受精卵が6-7回分裂して100個ほどの細胞の塊となったものが胚盤胞、この胚盤胞の内部細胞塊の細胞を取出して、培養した細胞がES細胞(Embryonic Stem cell:胚性幹細胞))です。胎盤にはなれませんが、神経細胞、血球、心筋など体のあらゆる細胞になる多能性を有しています。1981年に英国の生物科学者マーティン・エバンス氏らは、マウスの胚盤胞の内側にある細胞を取出し、それを試験管の中で培養する条件を突き止めました。1998年に米国のジェームズ・トムソン(iPS細胞の作製を中山教授と同日に発表)氏がヒトのES細胞を作製することに成功しました。


ヒトES細胞は移植する細胞や組織の供給源となり得るため、再生医療の切り札とされてきました。しかし、ES細胞の実用化にあたり、倫理問題と拒絶反応の問題が壁として立ちはだかりました。この拒絶反応を克服するのがヒトクローンES細胞注1)です。2013年、米国のミタリポフの研究チームは体細胞ヒトクローンES細胞の作製に成功しました(ただ、このES細胞を再生医療に応用するまでには、必要な組織や臓器へと変化させる方法が未開発であるという問題と、生命倫理の問題があります)。


我が国では2001年の国の指針でES細胞の使用を基礎研究に限定しましたが、2014年に国は指針を改め、治療を目的とした研究利用が可能になりました。京都大学は2018年5月に、再生医療に使う人のES細胞を企業や大学などに配布すると発表しました。国立成育医療研究センターもヒトES細胞樹立機関として認定を受けました。ES細胞の治療研究も国内で進めば、体性幹細胞、iPS細胞と高めあうことで再生医療の進展に弾みがつきます。


ヒトES細胞の登場から22年、我が国おいて臨床試験が行われるようになり、国立成育医療研究センターは、ES細胞から作製した肝細胞を、生まれつき重い肝臓病のある乳幼児(小児尿素サイクル異常症注2))に移植する医師主導の臨床試験を国に申請し、承認されました。ES細胞を使った国内での人を対象にした臨床研究は初めてであり、世界的にも肝臓への移植は初めてです。肝臓の再生医療製品の開発につなげる方針です。


2.ES細胞から卵母細胞

京都大学大学院医学研究科の斎藤教授らの研究グループは、マウスを使った研究で、ES細胞から生殖細胞を作製し、卵子の元となる「卵母細胞注3)」に分化させることに成功されています。しかし、分化の具体的な仕組みは解明されていませんでした。この度、マウスの生殖細胞が卵子の元になる「卵母細胞」に変化する過程の一端を解明したと発表されました3),4)。卵子への変化に重要な遺伝子を突き止め、生殖細胞の性が決まるプロセスや不妊の原因の解明につながるということです。


同グループはこれまでに、マウスのiPS細胞やES細胞から卵子の作製に成功していましたが、しかしどのように遺伝子が働いて卵子ができるのか、詳細は不明でした。卵子の前段階である「卵母細胞」に着目し、マウスを用いて、雌雄で共通した性質を備えている始原生殖細胞注4))から「卵母細胞」になる過程を分析しました。ES細胞から作製した始原生殖細胞が卵母細胞になる過程で働きが変化する遺伝子を解析すると、Zglp1という遺伝子が卵母細胞への変化を促していることが判明しました。さらに解析を進めると、Zglp1は卵子の形成に必要な遺伝子全般の制御に関わるなど、非常に重要な働きをしていることが明らかとなりました。生殖細胞は、精子・卵子に分化し、その融合により新しい個体を形成、遺伝情報やエピゲノム情報注5)を次世代に継承します。生殖細胞の発生機構の解明は、遺伝情報継承・エピゲノム制御機構、不妊や遺伝病発症機序の解明につながります。


3.精子幹細胞の自家移植で不妊治療

京都大学大学院医学研究科の篠原教授らの研究グループは、マウスを使った実験で精子幹細胞を自家移植することで先天性男性不妊症の治療ができることを発見したと発表されました5)。同研究グループは精子形成に必須と考えられている血液精巣関門注6)を構成するCldn11と呼ばれる膜タンパク質に注目しました。Cldn11欠損マウスでは精子形成が減数分裂期で停止し、先天的に不妊症になっているそうです。


このマウスの右側の精巣細胞を解体し、左側の精巣の精細管内に移植したところ精子形成が回復することを発見されました。精巣にはCldn11の他にCldn3、Cldn5も発現していたそうです。そこでこれらの分子の発現を小ヘアピンRNA注7)により発現抑制したところ、精子形成を回復することが出来たとしています。精巣に生じた精子を用いて顕微受精を行うと、外来遺伝子の入っていない正常な子孫を得ることが出来たそうです。


当該研究の成果は、血液精巣関門注6)が精子形成に必要であるというこれまでの見解を覆し、先天的な不妊症でも一定の可塑性があり、妊娠する力、妊孕性を回復できる可能性を示すものとされています。


(用語解説)


(参考資料)

  1. 厚生労働省ウエブサイト:再生医療等提供機関一覧(各種申請書作成支援サイトで登録されているもの)
  2. NPO法人再生医療推進センターウエブサイト:ES細胞 臨床研究の動き 乳児の重症肝臓病に移植の臨床研究、No.21再生医療トピックス
  3. NHK NEWS WEB:「卵母細胞」に変化の仕組み解明「将来的には不妊症治療法に」、2020年2月14日
  4. 京都大学iPS細胞研究所ウエブサイト:未来生命科学開拓部門 研究概要
  5. 京都大学ウエブサイト:精子幹細胞の自家移植により先天性男性不妊症が回復することを発見 -先天性不妊症にも柔軟性- 2020年04月08日

(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)