NPO法人再生医療推進センター

No.97 再生医療トピックス

1滴の尿でがん検査、涙液を用いた乳がん検出

No.96再生医療トピックスで、「iPS細胞由来免疫細胞によるがん治療の治験」についてご紹介しましたが、今回は、「がん」の早期発見に関する情報をご提供致します。

これまでに、「No.42再生医療トピックス —1滴の血液で13種類のがんを発見-メッセージ物質でがんに逆襲-、2019年07月30日」及び「No.62再生医療トピックス —血液1滴で13種類のがん検査-東レに続き東芝-、2019年11月19日」で血液中のマイクロRNA注1)を用いたがん検査について取上げました。ここでは、「尿」と「涙液」によるがん検査技術についてご紹介いたします。

1.1滴の尿でがん検査

胃、大腸、肺、乳、膵臓、肝臓、前立腺、子宮、食道、胆嚢、胆管、腎、膀胱、卵巣、口腔・咽頭の15種類のがんの有無が簡単にわかる検査技術が開発され、2020年1月から一部の医療機関で提供が始まりました1)、2)。新たな「がん検査」の実用化を発表したのは、HIROTSUバイオサイエンス社です。「線虫」と呼ばれる生物が当該検査で重要な役割を果たします。

線虫は土中や海中などに生息し、体長が1mm程度です。線虫は、犬の1.5倍程度の嗅覚受容体様遺伝子を有することでより多くの匂いの識別が可能であると考えられています。最新の臨床研究により、がん患者さんの尿と健常者さんの尿を高精度に見分けるということが明らかになりました。がん患者さんの尿に含まれるがん細胞特有のにおいは、線虫のえさとなる細菌のにおいに似ていると考えられています。がん患者さんの方には、健康な方にはない特有の匂いがあるということが様々な研究結果から示唆されています。線虫が見分ける感度は86.8%(2019年9月現在)だそうです2)

線虫が見分けられるのは、上記15種類のがんです。ステージ0~1までの早期のがんにも反応することが臨床研究で確認できたとしています。費用は1万円程度です。現在、がん検診では、がんの種類ごとに検査を受けることになります。胃がんなら内視鏡検査、肺がんならX線検査などがあります。がんの検診を受診率は、肺がんでは、国が年1回の受診を推奨している40歳以上の人のうち、過去1年で検診を受けた人は、男性で5割、女性で4割にとどまっているそうです。検診を受けない主な理由は、時間、経済的負担、検査に伴う苦痛などがあるようです。

そこで、線虫を使った検査を開発したHIROTSUバイオサイエンス社が提唱しているのが、「1次スクリーニング」という考え方です。がん検診の前に、「1次スクリーニング」として、がんの有無をふるいにかけることで、がん検診の受診を促そうというものです。この検査の導入を検討する自治体も出てきているそうです。がん検診の受診率が伸び悩む、福岡県久留米市と小郡市の職員、あわせて120人が運用試験に協力されたそうです。

現在は、この検査でがんがあるとわかっても、15種類のうち、どのがんに該当するかまではわかりません。そこで、がんの種類を特定できる技術の開発に注力されています。取り組んでいるのは、発見が難しいとされる「すい臓がん」をかぎ分けられる線虫の開発です。特殊な溶液を注入して遺伝子を組み換え、すい臓がんにだけ反応する線虫を生みだす研究です。2年後の実用化を目指されています。現在、線虫を使ったがん検査は同社ウエブサイト2)で公開されおり、東京都内の3か所、神奈川県の1か所、大阪府の2か所、九州の1か所の医療機関で受けることができます。


2.涙液を用いた新しい乳がん検出技術

神戸大学大学院の竹内教授の研究グループは、がん細胞が放出する物質を体液から検出する技術を研究しており、涙を使って乳がんを発見する「TearExo法」を開発しました(2020年5月27日)3)。スポイト状の細い管の中に入った金色のプレートには小さい穴が開いており、そこに涙を通すことで、乳がんの細胞が放出する物質を検出できるとしています。採取した涙を機械に通すことで、10分~20分で結果がわかるということです。乳がん検診のほか、治療中の患者さんに薬が効いているかの確認にも役立てることができるとのことです。2021年度の実用化を目指されています。

現在、乳がんの検診は、マンモグラフィなどの画像読影により行われますが、大型の型装置を使用することが多く、結果が出るまで時間もかかるため、受診者に大きな負担となっています。最近、患者さんの体液中の細胞外小胞エクソソーム注2)をバイオマーカーとしてがんを検出するリキッドバイオプシー注3)が注目されています。この活用で、受診者の負担は軽減され、がんの早期発見率や、がん検診受診率の向上が期待されます。

TearExo法は、ガラスチップ上に形成した100nm程度の空孔内に、細胞外小胞エクソソームの表面タンパク質を認識する抗体、およびその結合を蛍光変化で読み出すことのできる蛍光レポーター分子を配置した蛍光エクソソームセンシングチップと、すべての分析作業を自動化したエクソソーム自動分析計により構成されています。従来必要であった数時間の前処理なしに、10分以内で、100µL中に約50個程度のエクソソームを従来の免疫測定法の1000倍の高感度で、高速測定を達成したとしています。

小さいろ紙片(シルマー試験紙)で、乳がん患者さんと健常者さんの涙液を採取し、その涙液試料中のエクソソームをTearExo法により測定して、その表面タンパク質の組成の主成分分析をしたところ、明確に両者は異なり、涙液で乳がんの検出が可能であることが示されました。また、乳がん全摘出手術の前後でエクソソームの組成は変化し、術後は健常者さんと同様の組成となったそうです。これにより、TearExoにより、乳がんの検出のみならず、患者さんの治癒経過のモニタリングや予後のチェックもできることが示されました。このように、涙液を使用したがん診断の可能性が、世界で初めて示されたとしています。

今後、大規模に臨床試料を収集してエクソソーム分析を行い、乳がん診断の特異度(がんはないが、検査で陰性であった人の割合)・感度(実際にがんがあり、検査で陽性であった人の割合)を見極めた後、来年度中に実用化してベンチャーを起業するとともに、体外診断用医薬品として、医薬品医療機器総合機構(PMDA)へ承認審査請求を行う予定としています。

1滴の尿で、がんの有無がわかるならば、画期的な検査技術です。線虫を用いる検査は現状では、がんの種類までは特定できません。身体のどこかにがんがあることが判明することで、さらなる検査を受ける意識づけになるかもしれません。しかし、場合によっては、がんを特定するすべての検査が終わるまでは安心できないでしょう。また、肉体的、精神的、そして経済的にも負担がかかると感じるかもしれません。これら検査技術の感度と特異度をさらに高めていく研究開発と、がんの種類を特定できる検査技術の取組に期待します。


(用語解説)


(参考資料)

  1. NHKニュース おはよう日本:尿1滴でがんの有無がわかる、2020年1月27日
  2. HIROTSUバイオサイエンスウエブサイト:たった一滴でできる、新しい形のがん検査
  3. 神戸大学ウエブサイト:涙液を用いた新しい乳がん検出技術TearExoの開発、2020年5月29日

(y. moriya)