NPO法人再生医療推進センター

No.113 再生医療トピックス

iPS細胞由来脳オルガノイドによる精神疾患の研究

理化学研究所など

1.はじめに

オルガノイド注1)に関しては、当再生医療トピックス、No.20 再生医療トッピクス「iPS細胞からミニ肝臓 重篤な肝臓病の乳児に移植する臨床研究」やNo.52 再生医療トッピクス「iPS細胞からミニ多臓器の作製に成功 ミニ肝臓の研究に基づいてミニ肝臓、胆管、膵臓を同時に作製」でご紹介しました。ここでは、iPS細胞を用いた脳オルガノイド注2)に関による精神疾患への取り組みをご紹介致します。

当再生医療トピックスNo.104で「統合失調症などセロトニン関連遺伝子のDNAメチル化状態が変化」に関する研究を取上げました。この度、iPS細胞由来脳オルガノイドを用いて、ヒト脳の発達過程における興奮性神経細胞注3)抑制性神経細胞注4)の不均衡が精神疾患の発症に関連する発表がありました。

統合失調症や双極性障害をはじめとする精神疾患は、患者さんの生活の質を低下させるため、新たな診断、治療法の開発および病態解明が求められています。ゲノムワイド関連解析注5)網羅的遺伝子発現解析注6)、患者さんの死後脳や患者由来iPS細胞から分化誘導した神経細胞を用いた研究を通して、疾患リスクの同定や病態解明が進められています。しかし、患者さんがそれぞれ持つ遺伝的背景に多様性があり、また、患者さんの疾患発症前の脳を直接分子・細胞レベルで調べる方法がなく、疾患の発症に関わる分子・細胞レベルの詳細なメカニズムについては、不明な点が多いとされています。


2.iPS細胞由来脳オルガノイドを用いた精神疾患の研究

理化学研究所脳神経科学研究センターの澤田研究員、加藤チームリーダーらの国際共同研究グループは、1人だけが精神疾患を発症した不一致な一卵性双生児の罹患双生児と健常双生児のiPS細胞由来脳オルガノイドを用い、ヒト脳の発達過程における興奮性神経細胞と抑制性神経細胞の不均衡が精神疾患の発症に関連することを発見したと発表しました(2020年8月7日)1)

同研究により、脳発達初期における抑制性神経細胞の過剰分化が、精神疾患の発症に関与することが見いだされました。そして、統合失調症や双極性障害の患者脳内では、初期発達段階においては、むしろ抑制性神経細胞が過剰であり、疾患発症後の患者(死後脳)に認められる抑制性神経細胞の減少は、脳の発達過程において神経回路の興奮/抑制バランスを保つための代償性変化の結果である可能性が示唆されたとしています。

同研究グループは、統合失調感情障害双極型、あるいは統合失調症に関して不一致な一卵性双生児3組から作製したiPS細胞を用いて、脳オルガノイドや神経前駆細胞を作製し、患者さんと健常者の脳発達期における違いを検討されました。その結果、遺伝子発現解析および形態解析の結果、健常者と比べ、患者さんでは、脳発達の初期段階において抑制性神経細胞への分化が亢進していることを見いだしました。一卵性双生児を比較することにより、遺伝的多様性の影響を最小限に抑えた当該研究で得られた結果は、神経細胞のアンバランスな運命付け注7)が精神疾患の発症に関連することが強く示唆されたとしています。


(用語解説)用語解説は参考資料1より引用しています。


(参考資料)

  1. 国立研究開発法人日本医療研究開発機構プレスリリース:精神疾患に神経細胞のアンバランスな運命付けが関連―iPS細胞由来脳オルガノイドの研究から―、2020年8月7日

(y. moriya / 2020.10.27)